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複視

9月と言えば秋ですが、まだまだ暑さも続き夏の疲れも出てくる頃かと思います。全身的な体調変化であっても眼の症状として自覚されることも少なくありません。そこで今回は「複視」について書かせていただきます。

「ダブって見える」「二重に見える」「歪んで見える」「かすんで見える」「物が二つに見える」眼科外来では様々な症状の表現に遭遇します。体の状態を表現する言葉は多岐にわたりますが、眼に関するものは多い方だと思います。初めて聞くような表現もありますし、地方独特の表現だとその感覚を理解することが難しい場合もあります。また、同じ表現の言葉であってもその意味するものは人によって必ずしも同じではありません。

最初に列挙した症状は全て「複視」に関する訴えです。「複視」とは物が二重にだぶって見える症状です。先ず、複視を訴えた場合それが単眼すなわち片眼で見た時なのか両眼で見た時なのか確認が必要です。確認は簡単で、本人の片目を隠した時と両眼で見た時とを比べてもらえばわかります。

片眼で見た時の症状を単眼性複視と呼び、真の複視とは区別されます。単眼性複視の原因としては乱視、白内障、水晶体や眼内レンズの脱臼などがあります。これに対して片眼で見た時には正常で両眼で見た時に生じるものを真の「複視」と呼びます。原因は両眼の向きすなわち眼位の異常や眼球運動の異常が関係しています。人間は二つの眼で見ることにより物を3次元的に認識していますが、その為には両側の眼球が正確に対象物に向かっていなければなりません。眼球の向きにズレがあると脳の中枢では両眼からの情報を重ね合わせること(融像)ができず2次元的な像が二つにずれて見えることになります。ただし、先天的な眼位異常や、後天性であっても極端に大きくずれてしまうと複視を自覚しないこともあります。

正面を見て複視があれば眼位異常つまり斜視や眼球変位となっています。正面は大丈夫であるのに正面以外の方向を見た時に複視となれば眼球運動の異常が考えられます。眼球運動の異常は全方向であったり、あるいは特定の方向であったりと様々です。原因は、眼球打撲による眼窩底吹き抜け骨折のような外傷や悪性腫瘍など器質的なものと外眼筋麻痺とに分けられます。外眼筋麻痺では支配神経から筋までの障害部位により、核上性、核・核下性、無筋力症、筋性などがあります。具体的には、動眼神経麻痺・外転神経麻痺・滑車神経麻痺・重症筋無力症、甲状腺眼症などです。それぞれの疾患により上方・下方視、側方視、遠方・近方視時に症状が顕著になることも多く、問診から病態が推測できる場合もあります。しかし、その一方で眼部や頭部の検査で異常が認められずに原因不明なことも多く特に加齢に伴って頻度も多いように思います。

治療は原疾患があればその治療となりますが症状が残ってしまったり原因不明の場合は手術や眼鏡にプリズムの機能を組み込んだりします。基礎疾患として糖尿病がある場合は症状が一過性で、数か月で自然に回復することもあります。最近ではボツリヌス菌製剤を使用した薬物療法が施行されることもあります。

「複視」に限らず眼の症状の訴えがあった場合、先ず両眼視なのか片眼視なのか確認してみましょう。眼科外来では片眼視をしてもらうことで初めて片眼の高度な視力障害に気付くこともあります。

令和3年9月発行 救急便り128号より
多摩なのはな眼科クリニック 黒石川 誠 先生